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[物語]中道四朗シリーズ その1「けものや」

けものや横町
その店は小路の奥にあった。
「けものや…?」
そう看板に書いてある。はて、何の店だろう。中道は思った。
彼の名は中道四朗。このお話の主人公、風来の食いしん坊である。
今日は吉祥寺にやって来た。昼下がり、ふと見かけた見慣れない小路にふらっと入ってみたのだが、こんな店があるとは。四朗はかなりのグルメ通で数多のお店を見聞きしているが、この店は聞いたことが無い。吉祥寺やるな。実に奥が深い。キッチョージブラボーである。ブラキッチョーである。
しかし、ハラが減りすぎだ。クラクラする。

「はて、何のお店だろう……」
四朗はガラス越しに中の様子を覗いてみたが、どうも湯気で曇っているらしく様子が良く分からない。
接客の店員が一人と……奥の厨房にもう一人いるようだ。
「けもの…というからには何かの肉だろう。どれ、試しに入ってみるか」
ガラガラッ

お店の中はテーブル席が3席にカウンター。こじんまりとしているが、それなりに清潔そうで印象は悪くない。普通の町の食堂である。
先客の男女がテーブル席に二人で座っている。何を話しているのだろうか。ああ、どうやらカップルらしい。他愛もない会話をしながらニコニコと料理をつまんでいる。
「いらっしゃいニャー」
店員が愛想よく声をかけてきた。
「……」
四朗は唖然とした。その店員には耳があったのである。いや、耳があるのはいいのだが、いやそうじゃなくて耳が、頭の上の方に2つ……ネコのように生えてる。そしてニャーである。ニャー。
「こちらにどうぞニャー」
奥のカウンター席へと案内された。
壁にはメニューがずらりと…あれ?読めない。何語だろうこれは。
そこにはグニャグニャとみみずが這ったような模様……文字だとは思うが……。
しかし、店員は確かに日本語を……日本語だよな。まあ、ニャーはついているけれどもあれは日本語だよな。まさか空耳でそう聞こえただけで、実はタイ語とか、そんなことはないよな。
あ、もしかして達筆過ぎて読めないっていうやつかもしれない。
「こちらがメニューになりますニャ」
店員がメニューを持ってきた。
気を取り直して、渡されたメニューを見てみる。……やはり読めない。
こういう時はあれだ。店員に聞いてみるに限る。
「あの、今日のオススメは……?」
実に俺は機転が利く。そう、大抵のお店にはその日のオススメがあるものだ。それを頼めば良い。
「今日のオススメはですニャ……」
あれ、聞こえない。どういうことだ。
「すいません、もう一度いいですか」
一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐににこやかに笑い、繰り返した。
「今日のオススメはですニャ……」
……どういうことだ。なぜ聞こえない。突発性の難聴にでも一瞬でなって一瞬で治っているとでもいうのか。はて…どうしよう。
「じゃあ、それお願いします」
あまりの機転の利き加減に自分でも驚いた。俺スゲー。
「分かりました。……ですね」
「え、ええ」
「……いっちょニャー」
「あ、あとすいません、ひじきの煮物とほうれん草の胡麻和えもください」
なんとなく口から追加メニューを頼む言葉が出てしまった。しまった。あるのかな……。
「……あれ?デジャヴ……いや、なんでもないですニャ……ひじきの煮物とほうれん草の胡麻和え追加ー!」
……ふう、どうやらあるらしい。なんだ、普通の店じゃないか。
四朗は少し安堵した。普通のメニューがある。つまり普通の店である。
店員が後ろを向いた瞬間、ふとあるものが目に入った。しっぽ。しっぽである。ニャーでさらにしっぽである。まさかとは思うが、この店員……本物のネコ?ネコ人間?いやいや、そんなことはあるまい。
ガラガラッ。他の客が入ってきた。
「こんちはー。ニャーちゃん、いつものー」
「いらっしゃいニャー」
ニャーである。ニャー。

「はーいお待たせしましたニャー。お先にひじきの煮物とほうれん草の胡麻和えになりますニャ」
運ばれてきた料理が目の前に置かれた。
「おー」
実にオーソドックスで普通だが、これこそひじきの煮物。そしてほうれん草の胡麻和え。
んー、これこれ。これだよこれ。
箸を取り、一口食べてみる。
(ンマーイ)
思わず半角で声が出てしまった。なんだこれは。
おかしい。ただの普通のおかずの筈なのになぜこんなに旨いのか。
(ンマーイ)
しかし、旨いのはいいんだが、このひじき……何だろう、俺の知ってるひじきとは違う気がする。なんというか、ちょっと肉っぽい。
ほうれん草にも手をつけてみる。このほうれん草も実に旨い。旨いんだが、やはりおれの知ってるほうれん草とも違う。産地の差だろうか。どこかに俺の知らない名産の地があるに違いない。

しばらく食べていると香ばしい匂いがしてきた。奥で何かを焼いている。あれは……俺の頼んだメニューだろうか?そうあって欲しい。なんだこの旨そうな匂いは。
「できたよー」
厨房の奥から声が聞こえてきた。
「はいですニャー」
ニャーちゃんが厨房の奥へと消えた。そして出てきた。
「おまたせしましたニャー」
俺の目の前に皿が置かれた。
やった!俺だ。俺大歓喜。四暗刻ツモドラドラ。
料理を眺める。
思わず笑みが出る。
中央にドカーンと肉。付け合せに野菜炒め。
これは……肉である。憎らしいくらいに肉。どうみても肉。これ旨そう。
口に運んでみる。
「こ、これは……!」
美味である。スジが多少固いが味が素晴らしい。肉汁が口中に染みわたる。
「ハフハフ!」
思わず鼻をならすほど旨い。旨い。旨い。
いったい何の肉だ?これは今まで味わったことが無い!
俺は疾走する機関車に石炭をくべるごとくその肉をかきこんだ。
「うぉおぉぉおぉぉおおおおおおおぉっ!」
ごはんが欲しくなる。ここはごはんだ。ごはんしかない!
「すいません、ごはん下さい」
「はーい」
ごはんをかき込む。肉。ごはん。野菜。肉。ごはん。野菜。肉っ肉肉肉っ!
「ハフハフハフハフ!」
止まらない。旨い。止まらない。俺は一気に料理を食べてしまった。
「すいません、追加でこれもう一皿いいですか?」
「はーいニャー」
「あ、肉を山盛りでお願いします」
「はいニャー」
追加で出てきた山と盛られた料理を俺はさらに激しくかきこんだ。
これだ!これが俺の求めていた料理だ!いやこれこそが料理だ!俺はいままで何を食っていたのか!
「うぉぉぉぉおぉぉおぉぉぉんっ!」
俺至福!

はー、食った食った。完食だ。
この店は良い。食べログに星つけて投稿しておこう。
「ごちそうさま。お勘定お願いします」
「20円になりますニャ」
「えっ」
いくらなんでも安すぎないか?嬉しいけれど、お店大丈夫なんだろうか。心配になっちゃう。
「ありがとございましたニャー」
20円を払い、四朗は店を出た。タバコに火をつける。夕闇の小路に煙がたなびいてゆく。お店の明かりがゆらゆらと揺れている。至福のひととき。
しかし、ネコである。ネコである。ネコである。いや、でも旨い。
とりあえず帰ろう。ふと帰れるかどうか不安になったが、駅はこっちだ。何を心配しているのか俺は。
四朗は小路の奥へと歩き出した。
「しかし…何の肉だったんだろう……まあ、いいか。旨かったしニャ」
四朗のしっぽが風に揺れるのだった。

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